仙台家庭裁判所 昭和38年(家)85号 審判 1963年10月09日
申立人 山田サヨ子(仮名)
相手方 川野右門(仮名)
主文
相手方は申立人に対し金二二〇万円を支払え。但しうち金一〇〇万円はセーラー万年筆株式会社の株式五〇〇〇株を以て充てることができるものとする。
理由
申立人は相手方は申立人に対し金四〇〇万円を支払うべき旨の審判を求め、その事情として陳述した事実の要旨は、申立人は昭和七年六月七日当時セーラー万年筆呉工場の東北方面外務員であつた相手方と結婚した。そして申立人ら夫婦は仙台市内に前示万年筆の東北販売所を設立することの許可を受け、同年七月同市連坊小路○○○番地に事務所を開設して東北六県におけるセーラー万年筆の卸売業を営んでいたものである。
昭和二十年六月仙台市が空襲を受けた当時は、申立人夫婦も相当の資産を有し生活も十二分に安定を得ていたのであるが、空襲の被害を受けた申立人夫婦は一時松島町に疎開し、残存財産の確保に努めた結果今日の隆盛の基礎をなしたのであつたが、同年八月終戦と共に万年筆販売事業の再開を考えた申立人夫婦はこれが資金調達の手段として申立人が昭和二二年五月頃までの間古着類の販売を為し資金を獲得したものである。そしてその頃セーラー万年筆が入荷したので夫婦和合の末幾多の困難を克服して急速なる事業の発展を招来するに到り、昭和二八年同族会社としての有限会社セーラー万年筆仙台販売所を設立し、爾来事業の経営も順調に推移したので昭和三六年一一月一二日には現在セーラー万年筆東北販売株式会社の存在する仙台市清水小路○番地において借地二一坪と地上建物三六坪とを購入した。然るに申立人と相手方はもともと性格の相違が顕著であつた関係上、昭和三七年五月二八日協議離婚をしたのであるが、離婚当時における申立人と相手方との共同財産は別紙のとおりであるから申立人は相手方に対する財産分与として金三〇〇万円、離婚に伴なう慰藉料として金一〇〇万円合計金四〇〇万円の請求を求めるため此の申立に及んだものであるというのである。
案ずるに筆頭者川野右門、山田春男らの戸籍謄本、有限会社川野商店、セーラー万年筆東北販売株式会社の各登記簿謄本、セーラー万年筆株式会社社長中島四郎の答申書の各記載に当裁判所調査官佐藤誠一の調査報告書を綜合する、と
一、申立人らは昭和七年六月九日婚姻したところ、実子がなかつたので昭和二〇年五月一六日武井徹男を養子としたが、昭和三七年五月二八日協議離婚したこと。
二、相手方は明治三九年二月二〇日本籍地の愛媛県で生まれたが、生家はあまり裕福でなかつたので若くして東京に出て働いていたところ、大正一二年の関東大震災後呉市にあつたセーラー万年筆製作所の東北方面担当の外務員をしているうち二五歳で申立人と結婚したものであつたこと。
三、結婚後約一ヵ月を経た昭和七年七月頃申立人ら夫妻は仙台市連坊小路○○○番地においてセーラー万年筆仙台販売所を開設したのであつたが、爾来申立人と相手方は協力して事業の遂行に当つたので営業は順調に発展していたところ、戦時中や終戦直後は商品の入荷もなかつたので、申立人は古着類の鑑定や販売などをして凌いできたこと。
四、昭和二二年五月頃セーラー万年筆の製造が開始されたので申立人らの仙台販売所も事業を再開し、昭和二八年九月には有限会社セーラー万年筆仙台販売所を設立し相手方は代表取締役、申立人は取締役となつて運営に当つてきたが、昭和三六年一一月一二日仙台市清水小路○番地に借地二一坪建坪三六坪の不動産を購入する等事業はますます発展したところ、昭和三五年頃から申立人と相手方との夫婦関係が漸く円満を欠くに至り、昭和三七年五月二八日協議離婚をなすに至つたものであること。
五、相手方の所有財産は次のとおりであつて、これらはいずれも申立人と婚姻後申立人と協力して取得し造成されたものであること。
(イ) 動産としてはテレビ、電気冷蔵庫、ステレオ、カメラ(キャノン)、電気洗濯幾の外、洋服タンスその他の家具や寝具等の衣料品で、その価格は金二六万三、〇〇〇円以上であること。
(ロ) 債権は回収の見込みないものを除きセーラー万年筆株式会社仙台販売所に対する金三〇万円、本社よりのリベート金七〇万円(この分は相手方個人の債権か有限会社の債権かは判然としないが一応調査官報告書に従い個人とした)精幸堂印舗金一〇万円、配当金未収金三万七、五〇〇円計金一一三万七、〇〇〇円
(ハ) 預金は常陽銀行支店に対し相手方名義のもの金二〇万円余、申立人名義のもの金一二万円、養子徹男名義のもの金三〇万円、徳陽相互銀行に対し相手方名義で金一四万円、養子名義で金三一万七、〇〇〇円、計金一〇七万七、〇〇〇円
(ニ) 生命保険は受取人を相続人として朝日生命保険相互会社に金六〇万円、日本生命保険相互会社に金五〇万円、明治生命保険相互会社に金一〇万円、計一二〇万円
(ホ) 有価証券としてはセーラー万年筆株式会社株式一万株(旧株式五〇〇〇株、新株五〇〇〇株)でその価格約二〇〇万円(時価はもつと低位にあるがこれは証券市場の特異性によるものである)の外有限会社セーラー万年筆仙台販売所(その後有限会社川野商社と改め後記セーラー万年筆東北販売株式会社設立と共に解散し申立人も清算人の一人中に名を列ねてはいるが、実質的には相手方において清算事務を行つているもので、清算による残余財産は前記五の(ロ)のリベートを加えないとしても、なお多額に達することは東北販売会社への改組を予定された昭和三六年一一月二〇日資本金を二〇〇万円に増資したことでも窺われるところ、その持分としては、相手方名義で金七〇万円、申立人名義で金一〇万円、養子名義で金一〇万円(計金九〇万円相当)のものがあつて、清算に基く残余財産は相手方個人に帰するものであること。
等が認められる。而して離婚の場合における財産分与は夫婦生活中における財産関係の実質的精算を目的とするものではあるが、その外離婚後における経済的弱者の立場にある者に対する扶養の意味も加味されるものと解すべきところ、前示商業登記簿謄本によれば、相手方は改組後におけるセーラー万年筆東北販売株式会社(資本金五〇〇万円)の代表取締役として同万年筆の販売業務を統轄主宰する地位を得たに反し、申立人は従来保持していた有限会社役員の地位を失い、今や定まつた収入というものもなく東京都における姉方で世話になつている実情にあることが窺われる本件では、諸般の事情を参酌して相手方より申立人に対し金二二〇万円を分与するを以て相当とする。
相手方は本件につき昭和三五年六月三〇日申立人との間で今後意見の相違を来した場合は公正証書を作成しておき即日離婚手続をすること、その場合は出資金名義の金五万円を分与財産として提与する旨を約したことがあるところ、相手方は昭和三七年五月二八日その倍額たる金一〇万円を申立人に支払つているのであるから申立人の財産分与請求は失当であると主張する。しかし財産分与の本質が上記のとおりであるとすれば相手方の所有財産が前示認定のとおり生命保険金一二〇万円を加除するもなお五三七万七、〇〇〇円相当(前記五の(ロ)のリベートを有限会社の債権とするもなお四六七万七、〇〇〇円)であり、これは申立人と相手方との夫婦生活中に造成されたものであることの疑いのない本件では、申立人が財産分与として与えたという金一〇万円はあまりにも少きに失するものである。
してみれば右は名義の如何にかかわらずそれは財産分与ではなくむしろ離婚に伴う慰籍料であつたとみるを以て相当とするから、相手方の右主張は採用することはできない。
次に申立人は離婚に伴う慰藉料として金一〇〇万円を請求しているのであるが、相手方が財産分与として交付したと称する前記の金一〇万円を申立人において受取つていることは申立人自ら認めて争わないところであるから、前叙のように金一〇万円が離婚に伴う慰藉料であると認められる本件では、申立人の慰藉料請求もまた失当であるといわなければならない。
しかし相手方が金二二〇万円を現金で支払うことは容易でないと思われるのみならず、申立人はセーラー万年筆株式会社の株式を持つことを希望しているし相手方もまた同株式五〇〇〇株を申立人に与えることに異議がなかつたことが調停ならびに審判の過程で窺われるのであるからこのうち金一〇〇万円はセーラー万年筆株式会社の株式五〇〇〇株を以て充当することを得るものとする。
よつて家事審判法第二六条に従い主文のとおり審判する。
(家事審判官 檀崎喜作)
別紙
資産一覧表(昭和三七年五月現在)
財産
金額
セーラー万年筆株式会社株式五〇〇〇株
二、〇〇〇、〇〇〇
セーラー万年筆仙台販売所株一八〇〇〇株
九〇〇、〇〇〇
定期預金 銀行二個所
一、一三〇、〇〇〇
〃 申立人名義
二五〇、〇〇〇
大山太郎へ貸金
二〇〇、〇〇〇
木村某 〃
五〇、〇〇〇
精幸堂印舗 〃
一〇〇、〇〇〇
村川某 〃
一四〇、〇〇〇
家屋購入手附金
三〇〇、〇〇〇
定期払入金
一五〇、〇〇〇
本社持株今期配当金
三七、五〇〇
昭和三六年一一月前本社よりのリベート
八〇〇、〇〇〇
家具調度品
五〇〇、〇〇〇
計
六、五五七、五〇〇
セーラー万年筆仙台販売所資産表(昭和三七年五月現在)
売掛金
六、〇〇〇、〇〇〇
買掛金
三、五〇〇、〇〇〇
家屋
三、〇〇〇、〇〇〇
個人借入金
一、一三〇、〇〇〇
在庫商品
二、〇〇〇、〇〇〇
本社借入金
一、〇〇〇、〇〇〇
備品等
三〇〇、〇〇〇
増資金
一、〇〇〇、〇〇〇
川野、三井資本金
一、〇〇〇、〇〇〇
剰余金
三、六七〇、〇〇〇
一一、三〇〇、〇〇〇
一一、三〇〇、〇〇〇